ようこそ! ソウルのパラム~風~ 2024年4月19日(金) 17:24 JST

2009・7月の日々④∞再会びと∞

 
2009年7月21日午前11時過ぎ
私は、JR三ノ宮駅中央改札前にいた。
豪雨の為 彼が乗っている上り新快速が5分遅れて到着し…
私の緊張が増していくのがわかった
私の視線は45度先の床をみていた。
私の方向に来る足元が見えた…私は静かにこうべを上げた。
彼は「お久しぶり…」と言って、握手をした、その時…
私の両足のテーピングを見て笑った。
彼はテーピングの理由を知っていた(参照:ほほえみ病院に行く)
その瞬間…私の緊張が少しゆるんだ。
T(姓)K(名)氏、約40年ぶりの再会であった…。

 ∑∑
2004年、私はある定食屋さんをひいきにしていた。
その店を切り盛りする女将(私より4っ下)の
頑張りに惚れ込んだからだ。
そして、私はその店の常連客のひとりとなった。
常連客同士話をするようになり…その中に彼のお父様がいらした。
私が息子さんの同級生と知ると隣席になる毎に…
彼のお父様は息子さんの話を多くされ、ご謙遜されるものの、
ご自慢の息子さんなんだなぁとほほえましく感じた。
彼の記憶といえば~小学校1~2年時、同じクラスで、
勉強がよくできて、そろばん塾に通ってた事、位だった。
2006年3月、私のソウル生活が始まり、
定食屋さんの常連客抹消となった。

 ∑∑∑
2008年の秋、小学校3・4年の同窓会企画が持ち上がり、
その中で行方不明N君を探す事となった…
調査隊・理容師のT君が彼に情報を求めていた。
その情報を基に彼のお父様もご協力下さっていた。
その旨を聞き、帰阪の折、彼のお父様にお礼を申し上げ…
お父様から彼の住所を伺い、協力くださったお礼状を
つたないブログアドレスと共に送った。
程なくして…、私の連絡先が~
定食屋の女将(私の飲み友になっていた)
→彼のお父様
→そして彼に届き、今回の再会となったのである。
不思議なつながりに導かれた感じがした。

 ∑∑∑∑
「お久しぶり…」から始まった再会だが…
むしろ、私は「初めまして」という感じがした。
セピア色の記憶と,今の彼の雰囲気の接点を見つけるのに…
時間をかなり要した(;^_^A

彼はといえば…私の記憶はなく、私の母の記憶があって、
母とそっくりだったから すぐわかったと。
ん、見つけて下さり~嬉しいんだけど~、なんで?母なの
でも、実に面白い(o^∇^)(^∇^o)探し方だなぁと思った。
彼のお父様を通じて…お互い基本情報は知っていた。
ランチをしながら…その情報に肉を付けるように語りあった。
永い時間の隔たりは、何の問題もなかった。
ソプラノサックス・アコースティックギターをしていたらしく、
ケニー・Gという方のファン。
背中などに龍の刺繍が施されているスカジャン?なるものを着ていたそうな?
正統派のイメージを思っていたので、ちょっとビックリした(^^)
ステキなご家庭と、安定した研究所の技術者であった。
午後6時過ぎ、彼は下りホームへ、私は上りホームへ…
7時間の再会が終わった。
話の中で…彼と私が知る同級生との交わりがわかり、
特に、彼をわが同窓会幹事長S氏(参照;20年ぶりの再会)へ
再会のバトンを渡すことができた事が嬉しかった(^_-)v

2009・7月の日々③ ** 花 火 **

 
7月18日(土)伊勢神宮奉納全国花火大会に行った

天気予報とにらみ合いながら…当日朝、決行を決めた。
朝、整骨院でしっかりテーピングをしてもらい、
おにぎり三つ(韓国海苔付)、傘、座布団、
水&麦酒3缶(;^_^A とを持って1:30に家を出た。
途中で理容師の同級生T君にばったり会って~
コトバを交わした。
T君「まだ、いるの?」
 ほ 「うん、まだいるねん…」

帰りの最終特急券もGetできたので…本格的出発。
往きは節約して特急に乗らず急行とバスとで…
家を出てから3時間30分かかって5:00に現地到着(*^_^*)
早いと思いきや~90%以上席がうまっていた(@_@;)

人の頭が邪魔にならない、土手の階段に一席を拝借した。
花火大会が始まるまで2時間45分もあった。
出店でも見てこようかぁ~(^-^)
おめん  

 **
私は長く花火を見る機会に恵まれなかった…
が初めて、2004年(H16)8/7(土)、ひいきの定食屋女将らに…
「 Y和川花火大会 」に連れていってもらった
女将は~おにぎりやおかず(肴?)やお飲み物?を準備してくれた
ミニテーブルまで持ってきたのにはビックリした
花火が打ち上げられた
打ち上げる地響きを感じた、と思ったら(°0°)いきなり
目の前に大輪が咲いたぁ…***…~たまや~
大輪の大きさで、打ち上げ場所近くにいる事がわかり、
その時!…良い席にいるのがわかった。
始めは丁寧に一玉ずつあげていた。
ビギナーの私には、それが良かった!
余韻や名残りを残す花火も素晴らしいが…
華かな大輪を咲かせ、一瞬にして 何もなかったかの如く
消えていく花火…そのに…感動した
!!
忘れられない一夜となった。

 ***
2~3年前にソウルで…偶然に!日本の国営地方局番組を見た。
秋田県大曲花火競技大会であった。
競技大会とあって、紹介と解説があり、こんな見方があるんだと
くぎ付けになって見入ってしまった。
気持ちだけでも…行きたくなり~大曲花火大会を調べてみたら、
伊勢神宮奉納全国花火大会にぶつかった。
伊勢なら日帰りで行けて…交通手段も明るい。
いつか~行くチャンスが来るのを待っていた。
すると~♪~今年、この<負の帰国>ではあるが,行こう!と発起した。
足元の不安感はあるけれど…。

 ****
7:45に伊勢神宮競技花火大会が始まった。
花火師一人二発(5号玉&10号玉)が採点される。
今年のエントリーは打上花火部門52社、
連続花火部門10社であった。
10号玉花火は…
地響きといい、音といい、大きさ美しさといい、
ため息や歓声が周囲から湧いた。
競技花火大会は納涼花火大会と違い娯楽性は小さかった(;^_^A
復路21:29近鉄特急に乗るため、8:45に現地会場をあとにした。
大会の半分、見れなかった(T T)
帰宅した時間は23:45であった。
10時間費やして、一時間だけの花火鑑賞だった…。

 

 
私は実家を出てから…妹達から家の屋上から、
日本的世界的有名な《PLの花火》が見えると聞いていたが~
この23年間、その日に実家に来る事がなかった。
今年打ち上げるというその日、ふと南の方角を見たら…        見!!
予想以上に大きく、まぁ〇るく、目の高さで、見えた。
はっきり言ってこんなに見える事に驚いた。
でも音の迫力は感じられなかった。
一度だけでいいから…PL花火大会にいきたいなぁ…*悲願(-人-)*


**世界的に見て、花火は…イベントの一部的要素が強く、
いわゆる「夏の風物詩」では なさそうだ。
日本の様に至るところで行われる夏の納涼花火大会はない。
ソウルでは年に一度10月下旬頃に汝矣島(ヨイド)で
ソウル世界花火大会があるそうな?!(・・?)~今年(2009)は,新型インフルで中止となった。

2009・7月の日々②♪祇園祭♪

私の帰阪にはもう一つの仕事がある。
実家家業の労務処理と財務処理を担っている。
今回、半期決算が予想より時間がかかり、諦めかけていたケド…
16日の午前中に仕上げることができたので、
いざ!祇園祭宵山に行く事にした。3年ぶりであった…。

 ♯♪~
ちょっと昔(;^_^A…
大学生の時、I 教授から「PHP」という小冊子を頂いた。
それがきっかけで…JR京都駅前にある<PHP研究所>直属の
関西青年連絡会のメンバーとなり…活動をしていた。
拠点が京都なので、毎週日曜日に京都に行き、
古都の粋な楽しみ方、感じ方を多く学んだ…
その中に…祇園祭があった。
祇園祭の祭祀を司っているのは…八坂神社である。

 ♯♪♪~
わたし的祇園祭・2009

午後2時に、京阪電鉄で祇園四条で降り…鴨川を渡る。
四条大橋の北側を歩き、橋の真ん中で…
立ち止まり、目をつむって、鴨川上流から吹く風に心をゆだねた。
今回は…足の負担を避けて~八坂神社詣を省略し
…西へ歩を進めた。
道すがら、地図を兼ねた"うちわ"がもらえて…
扇ぎながら~自分の位置を確認でき便利
長刀(なぎなた)鉾を眺め通り過ぎ、
お気に入りの「月鉾」でその優雅な姿に酔いしれる。
月鉾
四条通の最西端(四条傘鉾)から北上南下しながら東へと進むルートをとった。
夜店屋台は…準備中のところが多いが~
またその様子も趣きがあって面白い
祇園祭は別名「屏風祭」といい…鉾町の旧家は
代々の家宝の屏風を虫干しを兼ねて披露している。
それを見て回るのも情緒があって楽しい。(^-^)
昔は~家に上がらせてもらい、屏風を間近に見ることができた…
が、今回は窓から覗き見ることしかできなかった
四条烏丸まで来たら…[ 錦市場 ] に向かった…。
高いアーケードがあり雨が降っても大丈夫(^_-)
西京極まで商店街は続く。
途中、出来たて麸饅頭を食べたり…
ちりめんや京漬物の試食をしたり…
鱧焼きの一口串を食べたり…小腹を潤した(^-^)
テレビでよく見る、だし巻き卵専門店で…
カットフルーツならぬ { カットだし巻き卵 } が売っていた!
食べるのが難しそうなのでパスしたが…今となって少し後悔した。
この錦市場で、お土産として野菜を模した伝統的な飴を二種買った…。
 
ソウルでおもてなしをする際のかわいい「吸い物麸・湯葉」も買った…。

5時には…再び四条大橋の上にいた。
今から祭りに向かう人の流れをしばらく…見送っていた。
浴衣の若者が多いなぁ~と思った。
今年の流行浴衣Fashionなんだろう、巻き巻きした髪に大輪の花を付け…
帯の上に更にシフォンのリボンを結んでいた。
しばらくして…
またもと来た方法で…帰阪した。
軽食して、行き付けのバーに寄ったら…
常連のご夫婦がいらして、再会の喜びを交わした。
私と同じ世代のご夫婦で…
聞くところによると、祇園祭の帰りとの由。
ご夫婦と祇園祭の話でもち上がると同時に…
一方で一抹の…空虚さが私を包んだ。

♯♪♪♪~

祇園祭のオススメは暑いケド!お昼頃から夕方の時間帯だ(^.^)b
まだ…人も少なく、明るいので、鉾を全体的見ることができ、
そのさを一層感じる事ができる。
是非とも(お金を要しても)寄って頂きたい(^^)鉾。
月鉾》天井画の美しさ(円山応挙筆)・木彫(伝左甚五郎作)の
素晴らしさを間直に見ることができる。
鉾中で一番美しいとされる。
鶏鉾》建物の中にある新旧のタぺストリーのすばらしさもさることながら…
エアコンが効いていて足休めにグゥ~
番外編《鐺螂(かまきり)山》リアルでグロテスク
虫キライの私だが…なぜか外せない。
唯一からくり仕掛けである

祇園祭のひとりっぷは今年で最後にしようと決めた…。

2009・7月の日々①♪通院生活編♪

この若さでお恥ずかしいケド…ねんざの痛み緩和で…
二日に一度、接骨院に通っている。(参照:ほほえみ病院に行く)
実家は接骨院激戦区の中にあり…
少し情報収集して、ご年配の方が多く行くという
ある接骨院に決めて、行ってみた。
その接骨院は 院長センセでも…30代前半
他の施術士さんも20代で若かった。

午前中に行くと、私が最年少で 新入りである。
新入りは静かに目をつぶり、先輩患者さんと施術士センセの話に
耳を傾ける。

70~80代の方が多く、歴史をよく知る方がいたり~
うわさ話をする方がいたり~自慢話をする方がいたり…
ご自身の日常を話す方がいたり~昔はなぁ~と話す方がいたり~、
その話を上~手に~相づちをする施術士センセ達がいた。
なぜかその相づちは時々、ビジネス的に感じる時もあるが~
その会話を、現代の社交場的に見れば…
なかなか面白く…耳をダンボにして聞いている(≧▼≦)
江戸時代、式亭三馬の「浮世風呂」「浮世床」を真似て
「浮世接骨院」なる滑稽本でも書けそうな雰囲気である。

お若いセンセばかりの為、通院患者・最年少~の私は…
足裏の手入れをしたり、同じ服を着ないように考えたりと…
変な神経使っている(;^_^A
だって、オンナの子だもん(←どこがぁ~?)<ふん(`へ´)>

先日、院内で無口の私に…若いセンセが…ワンピースを見て、
センセ ; 「綺麗な花柄ですね~」
 ほ    ; 「ありがとう…」

ひねくれている私は…心中…コレって営業コトバ、ちゃうの~と、
その若いセンセを上目遣いで見てしまった(>_<)
かわゆくなぁ~い、ほほえみの一面~(^_-)v (^m^)v

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